6.8(2)

外界からの刺激を遮断すると俺は楽になれるのか?と考えてるけど、どうだろう。

耳が聞こえなくなったら目の前で何かを言ってる人間を見て自分の悪口が聞こえるようになると思う。

目が見えなくなったら人の声、俺のことを言ってる話でも俺じゃない知らないの人間の悪口でも、全部俺を見て言ってるように聞こえると思う。

目が見えなくなって耳が聞こえなくなったら俺の頭の中の人間がずっと俺の中で俺について話し続けると思う。

外界からの一部の刺激を自分の中で(繰り返して増やすみたいな意味の単語が思い出せない)させる癖があるというか、性格なんだろうけど。所謂被害妄想で、ないものがあるように感じる、あるかないかわからないものがあるように感じる。

ドアしかない部屋に入れられたらドアの向こうに人が立っているような気がして不安になるような感じ、実際にはドアしかないのに。人が立ってる気がするというより、人が立ってることを俺はわかってる。ドアの向こうは俺には見えないけど、人が立ってることが俺はわかる。それがわからない人間は誰もいないから大丈夫だということを俺に説明するけど、俺には人が立ってることがわかってしまっているので説明されても無意味で、俺にはわかってる。人が立ってる、俺にはわかってる。頭がぐちゃぐちゃになってるときはそういうことがわかるようになる。まともなときはドアの向こうに人がいるなんて思わないし、たまにドアを開けて確認したりもできる、まともなときは。

このドアの例え話はかなり的確でわかりやすいと思うんだけど、ぐちゃぐちゃの俺とまともな俺の間でだけ理解しあえる話なのかもしれない。俺以外の誰かにこの話は理解できますか?と確認してもらいたい。俺の中でだけの常識を作りあげたりするから、母親にお前は普通じゃないとか言われたりするんだと思う。修正が必要なんだよな。母親は俺の話を聞かないし修正もしてくれない、それなのに俺が普通じゃないとか言って怒る。そもそも母親に俺を修正する能力があるのか?母親は俺に自立させたくて俺に自分で考えるように促してるんだろうか、間違った考え方や自分の中でだけ通用する常識を持って考えてもどんどん形は悪くなる一方だし、最終的に修正もできない、最初からやり直しもできない、燃やして捨てるだけということになる気がする。何回やっても同じ結果になる。

風邪薬のオーバードーズの量が増えてきた、今まで薬(もちろん違法ではないもの)を飲んで吐いたことはないけど何度か倒れたことはある。小さい頃から具合が悪くても吐くことはあまりなかったので、体質もあるんだろうか。人生で吐いた記憶は一度しかなくて、クリスマスか誕生日にケーキを食べ過ぎて夜ベッドで吐いたこと。それしか覚えてない。

足が浮いてる感じがして、手も熱っぽくて軽い感じ、頭は白いもやがかかってきて、悪いこともいいことも見えなくなる。

 

給料なしで働いてる方が気分が良いときもある、ボランティア的な意味ではなく俺の気持ちの問題で、こんなに仕事ができない人間が金をもらっていていいわけがないと思う。金をもらうほどのことをしたときが一度でもあったか?

なんか今日のねこは機嫌が良くて俺に優しい。

もう寝てもいいかな、いいだろうか。年内に俺が消えるような気持ちがずっとある、本当にそんな感じがする。そうなのかもしれない。